ノンキャリ公務員の日記・反省・思いつき。
電車内での会話はダメなんでしょうかね<公共心>
「公共の場」ではどう振舞うのがふさわしいのか。
どこまで個人の主張が認められ、どこから制限されるのか。
なかなか難しい問題だ。

先日、こんなことがあった。

場所は、乗車人数が少ない電車の中。そして話をしている人がいないのでとても静かである。そこに、二人の女子高生(大人しめ・非ギャル系)が乗ってきて、会話を始めた。iwashiが聞いていた限りでは、他の乗客の迷惑になるような大きな声ではないよう思えた。したがって「せっかくの静寂が破られて残念だな」と思ったものの、特に腹は立たなかった。

しかし、女子高生たちに向かって
「お嬢さんたち、静かになさい。常識でわかるでしょう」
と、注意をした老婆がいた。

おそらく、静寂が破られたことが我慢ならなかったのであろう。
女子高生たちはやや不満そうな顔していたものの、その言葉に従い話を止めた。

「電車の中で騒ぐ女子高生によく注意した。古き良き日本の精神ここに見たり」という感想を持つかたも少なくないだろう。iwashiも、電車の中は静かであるに越したことはないという意見の持ち主なので、正直女子高生が話を止めてくれてありがたかった。

ただ、注意された側の立場で考えたならば、どうだろう。
なにも「常識ということを根拠に、自分の行為を制限されるのは如何なものか」と大上段な議論をするつもりはない。だが、電車の中で、特に大きいとは思えない声で(このへん主観だが)、話をすることを、注意する側の常識を持って止められたら、おそらく大部分の人は不満を持つのではないだろうか。

これに対して、次のように主張する人もいるだろう。
「静寂を好む人数が、会話をしたい女子高生よりも多ければ、静寂が維持される利益>静寂が維持されない利益なので静寂を維持するほうが社会的厚生から見て好ましいのだ」と。

この主張はもっともなのだけれど、静寂を「好む人数」と「好まない人数」の大小を決めるのは難しい。時間、乗客層、場所等々の条件によって目まぐるしく左右されるだろうから。実際、注意した老婆だって状況によっては(たとえば老婆の友人が乗ってくるとか)自らが話し始めるであろう。

結局、「空気嫁」ってことなんだろう。
でもその場の「空気」が法律と相反しているときなどは、苦労することになるんだろうなあ

そんなことを考えながら平日昼間の電車。1、2限は遅刻した。



この記事へのコメント
管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
http://katakutiiwashi.blog81.fc2.com/tb.php/25-3827870d
nhtjジャパン
プロフィール

Author:katakutiiwashi
社会人二年目。

要領(ジアタマ)はきわめて悪い。
一方で地道な作業は大好き。

定型作業は人並みにこなす自信がある。
非定形作業は……。

計画が好き。記録が好き。

要領悪いなりによりより仕事をするためにはどうすべきかという模索に役立てるため、日々の反省・思いつきなどを書いていく。

最近の記事
カテゴリー
月別アーカイブ
リンク
最近のコメント
最近のトラックバック
FC2ブログランキング
ブログ内検索