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『となり町戦争』(三崎亜記)-自治体事業としての戦争-
市役所職員経験者の三崎亜記氏が書いた小説。


この小説、設定がシュールである。
ある自治体(町)が、となり町と戦争を行うのである。それも、行政が行う「事業」として。


戦争をする二つの自治体は決していがみあい、憎しみ合っているわけではない。むしろ、両自治体は「協力して戦争事業を遂行しようという協定書」(p176)を結び、「両町職員による定期的な勉強会」(同)まで開催しているのである。


通常、わたしたちがイメージする戦争とは、政治的・宗教的・経済的な対立から発生するものではなかろうか。にもかかわらず、なぜ、協定書を結んだり、勉強会などを開いたりという手順で戦争が「遂行」されているのだろうか。我々の中に当然湧き上がるこの疑問に、戦争担当の町職員はこう答えるのである。


「私たちには条例どおりの手順を踏んで業務を遂行するしか術はないんですよ」(p46,となり町戦争係:香西)





「もし自治体に戦争をやらせたらどうなるか」という、とても強烈なif*1によって、行政の特徴を際立たせ、行政の在り方と、M・ウェーバーが言うところの「近代社会の官僚制化」について考えさせられる一冊である。


通常このテの本は、典型的な役所・公務員描写により行政のダメっぷりを描き、「やっぱり役所はダメだよねー」的なオチになるのが相場である。『県庁の星』などがそうであったように。『となり町戦争』も大きくまとめればこれらに類することになるのかもしれないが、異なる点がいくつかある。


まず、著者が市役所経験者だけあって、行政の描写が丁寧であること。
多少の誇張はあるのだろうけれど、町職員の言動や町役場事務の様子が(同じく現場の行政機関に身を置くiwashiから見て)「ああ、あるかもしれないなあ」程度の現実さを持って描写*2されている。対照的に、『県庁の星』では描写が粗かったり、リアルさに欠けたりしていた。両者とも言いたいこと(形式主義・繁文縟礼等)は同じなんだろうけれども、やはり描写は忠実・丁寧であるに越したことはない。


また、時折、主人公が行政メカニズムに対しての疑問を投げかけるが、戦争担当の町職員にまともな回答をさせている点もこの本の特徴である(たとえばpp86-88の問答)。もっとも、著者は役所擁護のために回答させているわけではないのだろうと思う。どちらかといえば「理屈の通った反論をすることで、さらに核心をつく批判を求む」的な意味が込められているのではないかとiwashiは解釈する。


以上、「描写の丁寧さ・細かさ」と「行政の言い分が書かれている点」がこの本の良かった点だろうか。


余計な御世話かもしれないけど、もうちょっと内容が推察できるようにひねれば(たとえば『町役場総務課戦争係』を副題につける等)売り上げがさらに伸びただろうに、と思った部分も。



*1:実際の戦争の意思決定とか、手続きがどのように行われてるのかがわかる本や、小説を読みたいなぁ。

*2:臨時職員として町に雇われることになった主人公へのくどいまでの説明や、住民対応のシーンなど。細かい点では、また、この本には挿絵的に様式や文書が入っているのだけれど、「業務分担表」とか「第3号様式 23と戦第68号」とか。「<となり町戦争推進に関する条例施行規則>の別表15の中で〜」というセリフなど。




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