ノンキャリ公務員の日記・反省・思いつき。
顔・面子
相手の顔をたてる・面子をつぶさないって結構大事。

たとえば、意見が対立する相手の顔を立てること。
議論にあがってくる根拠や事例が自分の論を補強するものが多くなってきた、つまり自分に優勢になったときに、「ほらみたことか!俺の勝ち!!」と潰しにかかるのではなく、相手の逃げ場を作るというか、「これにて終了。実りある議論でしたね」的な幕の引き方を考える。そうすることで、議論をスムーズに終わらせることができる。全否定されると、いくら相手の意見が正しいとわかっていてもなかなか素直に認めることができない。

他人のミスを指摘するときも、厳しいながらもミスをした相手の気持ちを考えて顔を潰さないような指摘の仕方をすると、円滑な人間関係が望まれるのではないかと思う。

「間違ってるんだから、遠慮せずにどんどん指摘すべき」「顔をたてるなんて行為はグローバル化の時代にはもう古い」という意見もあるだろうけど、まだまだ「顔をたてる・面子を潰さない」ということは仕事を回す上で重要なことだと思った。もちろん、少なからぬ弊害も発生しているんだろうけども。



ああ、上のように感じたエピソードを具体的に書きたいけど、ダメなんだろうなあ…

鮮やかな引き際
議論をしていて思ったこと。
主張の根拠となる事実が、間違いだったときは、あっさりと引き下がるのが筋。事実誤認を突かれたときが、引き際。知識がないことよりも、論理の通らないことを主張する方が幾分罪が重いように感じる。逆に言うと、根拠となる事実が覆されないかぎりは、引き下がらないくらいの綿密な論理を組み立てて議論に挑むべき。知識を多く仕入れるのも大事だけど、今僕がやらなければならないのは仕入れた知識を丁寧に組み立てていくことだなー。反省反省。
役に立つ
職務内容の不合理さにややがっかりくるときがある。与える影響の範囲は少なくとも、もっと直接的に他人の役に立つ職に就くべきであったか、と考えることも。これは特に小売業界にいった友人を見て思った。「いかにお客様の満足度を高めるか」、彼は新人にもかからず常にこのようなことを考えている。凄いやつだ。翻って僕は「いかにスマートな法令を適用するか」。いやこれはこれで大事なことかもしれないが。



先日はひさびさに良い仕事だった。お客様から「ご苦労さま」とか「ありがとう」と言われる仕事だった。心が洗われた。働く前はわからなかったけど、こういう言葉は働く上での大きなモチベーションになる。うちの業界は、ともすれば「押し売り」のような形になるからなあ。回数で言うと、感謝されることより、感謝されないことのほうがはるかに多いかもしれない。それを、「マクロな視野で見れば、役に立っているのだ」と信じて頑張っているのだけれど・・・。
地雷炸裂前夜
地雷を抱えていることを、今この瞬間に知ってしまった。
しかも明日、炸裂予定。

今日の夕方ならなんの問題も無く無事撤去できたものの、今となっては手遅れの感が強い。幸いなことに、破裂しても致命傷には至らず、対処法は数通り考えられる。それに、もしかしたら他の人が発見して撤去してくれているかもしれない。もしかしたら。
いやいや、やはり無理がある…。破裂を前提として、破裂後の事後処理を考えるのが現実的か。

原因は、確認を怠ったことにあり。
場合によっては、「少々もの覚えの悪いやつだ」と思われるかもしれないが、これからは確認をきっちりととることにしよう。くどいくらいに。鈍いと思われたって結構。

あぁ、それにしても翌日炸裂(ほぼ)確実の地雷を抱えた晩というのは、なんとも言えない苦しさが…。学生時代なら、提出期限が迫ったレポートに気づいても「ええい、もう放棄だ!w」と笑ってすごしてただろうにね。

(追記7/14)
予想通り、地雷炸裂。
しかし、予め施しておいた事後処理と運よく地雷まわりに人がいなかったこともあって、被害はほぼ皆無。ただ、「地雷炸裂したけど、被害なかったです。よかったです」と馬鹿みたいにはしゃいでいたら「そもそも地雷を抱える時点でダメなんだということを理解してるのか?!」と至極まっとうなお叱りを上司より受けた。stopはしゃぎすぎ。
法律を活用する
法律(、とか規則とか)は、使うものだということを最近知った。

学部の講義や、公務員試験のときに少し法律を勉強したけれど、その時は「こういう条文、判例、学説がある」ということを覚えるだけだった。暗記してれば、よくて理解してれば、それでオッケイだった。でも、今は「Aという目的を成し遂げるるために、どの法令を使用すればいいのか。あるいは複数の手段(根拠法令)があるとして、どれを選択するのが一番スマートか」という具合である。

法律などが好きな人にはとても面白い職場なのだろうが、あいにくと僕には法律の素養は全くといってない。未知の条文と聞きなれない単語に悩まされる毎日である。条文の意味を理解するので精一杯。活用するどころの騒ぎじゃない。


あぁ、今はとにかく、勉強勉強…。
方法論を巡っての対立
ある行為Aをするために、「原則としてaという方法ととるべし」、という法令がある。同時に、「やむをえない場合は、bという方法をとってもかまわない」、とも書かれている。

今回、僕たちはAという行為を、ある機関と共同で行うことになった。
ここで、Aという行為をするための方法を巡って、ある機関と意見が対立した。

aという方法が可能なら、なんの文句もなく両者それを採用しただろう。ただ今回は、a(原則として望ましい方法)という方法は、各種の問題から採用することができない。そこで、僕たちはbの方法を採用しようとした。

しかし、ある機関は「bなんて時間かかるし、だめじゃん。cで行こうよ」と言い出した。cという方法もあるにはある。なおかつ、aやbよりもお手軽である。ただ、こちらを採用するには法令的に少々まずい。はっきり言ってグレーゾーンである。

ちょっとそれはまずいんじゃないですか、と意見を出しても、「いや、私たちはいつもcという方法でやってますんで!」と一点張り。挙句の果てに「こんなことでぐちゃぐちゃ言うなんて、あんたら、愚図なんじゃないの?これだからお役所は!!」なることも言い出した。あー。

背負ってるものが異なる以上、方法論等を巡って意見が対立するのは当たり前のことだし、その対立を調整して落としどころを探していくことが大事だと思うのだけど、自らの主張を譲らず、全然的外れのところから非難されると、ちょっと凹むなあ。
プロフィール

Author:katakutiiwashi
社会人二年目。

要領(ジアタマ)はきわめて悪い。
一方で地道な作業は大好き。

定型作業は人並みにこなす自信がある。
非定形作業は……。

計画が好き。記録が好き。

要領悪いなりによりより仕事をするためにはどうすべきかという模索に役立てるため、日々の反省・思いつきなどを書いていく。

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